30年位城過ぎても当時の気遣いをしてくれる主治医、

既に30年来のお付き合いになりますが、プラセンタの大阪の福永記念診療所では主治医の先生には家族ぐるみでお世話になっています。 脳卒中のリハビリで再生医療の可能性は自宅から歩いて15分足らずのところで、個人病院(とはいっても〇〇会という病院を経営しえいるところですが)、大阪府下の訪問診療なら任せて内科関係の総合病院ということで、入院施設をシッカリと構えている中規模病院でもあります。

筆者自身は、あれから既に60歳を超えた年令に達しましたが、兵庫の県下で一番訪問している主治医医の先生も当時は若くていらっしゃって、冗談も言うほどの心の広い方でした。 当時は私自身も30代のころでしたが、女の子供が喘息気味で、時折、真夜中にお世話にったときなども、最近の透析の消化器系の専門医ながら必ず、ニコニコ笑って応対してくれたものです。 その他にも家族で検診や疾病が有った場合は、概ねが、此の主治医の先生にお世話になっているのです。

そして、この病院が実は隣町の静かな環境の良いところへ規模も大きくなって転居してしまったのです。 しかし、その間もその後も家族で何かが有ると車で通院していましたが、筆者が60歳の頃に「大腸ガン」を患ってしまったのです。 当然ながら、此の病院で検診・診察、そして執刀手術をして2週間ぐらいで無事退院しましたが、此の主治医の先生は30数年過ぎた現在でも、筆者のことより事あるごとに「喘息のA子ちゃんの症状はどうですか・・?」と気遣いしてくれるのです。

喘息のA子は既に、30歳を過ぎた一介の子持ちの主婦になっていますが、主治医の先生は当時のことを未だに覚えてくれて気遣いをしてくれているのです。 持つべきものはやはり主治医ですね。